ある選択をした日
太田さんの舞台の、初日公演に行かなかった。
今まではどんなことがあっても、都合をつけて行っていた。
でも今回は繁忙期というのもあって、いないとどうにもと言われていた。
いつもだったら「どうにかしてでも」と考えていたと思う。
でも今回は、不思議なくらいすんなりと「次の日の公演に行くから大丈夫です。その代わり、休んでも問題なさそうな次の週のトークがある日に休ませてください。」と答えていた。
一緒に働く先輩の方が「本当にごめんね、大丈夫?」と私の精神状態を心配していた。
多分きっかけを探していたんだなと思う。
自分が初日に固執していたのは、自分が感想を抱く前に第三者の感想を見ていることが嫌だった。
これは面倒なこだわりで、自分が応援している俳優さんを観て、1番に抱く感想には誰かの何か入れたくないというもの。
それはSNSから離れれば簡単であったし、今は別にアカウントも所持していてそちらのおすすめには絶対に感想の類は流れてこないと確信していたので大丈夫だった。
たった1日、初日の日、自分が観る前日は「今日はどんなことをしたのだろう」と寝る前にソワソワした。そんなことは初めてだった。
変化はそれぐらいで、あとは淡々と過ごして、淡々と自分が観る日を迎えた。観て、いろんな感想を自分の中で抱えた。
SOMLの初日、観たくないと言ったらそれは大嘘だ。
待ちに待った再演、初日をとてもとても観たかった。最後まで観れる方法を模索したかった。
でもどう考えてもどうしようもなかったし、今は落ち着いている。いや落ち着いてはいないけど。
でも、約8年の「どうしてもしなければならない」という自分勝手な義務感から解放された気持ちはある。
今回はどうしようかできても、その次にどうしようもできなければ?公演が中止になって初日が延期になったら?その次は?
その次、を考えると気が遠くなる。
いつも観ていたい、その気持ちには嘘はないけれど、応援している人間と応援している自分は別の人間だ。
絶対にその選択を迫られる時は来る。
どうしようもできないとき、が自分がそれを選択できないような精神状態だったら?
それを選択したことで、もう応援できないと思ってしまったら?
どうしようもないと判断して諦めてみる、と選択するのは別の次元で狂う存在を見つけた今というタイミングしかなかった。
他の三次元の人間を応援することはスケジュール調整や経済面からも無理だったので、二次元で好きを見つけるのはまあありそうだなと思ったが、
それでもここまで自分が夢中になるとは思っていなかった。
でもそういう存在が生まれたからこそ、今現在の固執から少し態度を軟化させ、 今後長く応援し続けていく上で障壁になりそうな拘りを諦めることができた。
結果的に、「歩めるところまでよろしくお願いします」という歩行距離を少し伸ばせた気がする。
全部観なくても、応援していることには変わりはない。それを判断するのは、許せるかは、他人ではなく自分自身だ。
まだまだ変な拘りを捨てきれないけれど、まだ自分も頑固なところを変えられるんだと思った。
まあその次の公演も初日は行けずだが
(繁忙期継続中に平日単独イベントの日に既になんとか休みをもぎ取っていたため)、
のらりくらりと生きるんだろうなと思う。
拙い気持ちの整理を、読んでいただきありがとうございました。